雑感


大量廃棄。こういうワードが記事になっておりましたので、思うところを書いてみたいと思います。


まぁ、書けもしないことを戯れ言として残すだけなのですが、会社のサイトでもなければ有料で販売される紙面への記事でもなく、個人ブログな訳なのでアホなことを書いたら僕がアホだという事実だけで済むということです。当たり前のことなのですが、結構凄いことだなと改めて思います。こんな書けもしないことを戯れ言として残すためにwebスペースを解放してくれているBloggerに感謝だ。
では行ってみます。
 
大量生産大量消費という産業スタイル商業スタイルを脱却する日は来るのでしょうか?もしも僕が生きている間にそんな事態が起こったら本気でビックリするし嬉しいのですが。
 
ライバル他社よりも良い物を安く早く大量に生産して世界中に届ける。素晴らしいと思うし、実際、この信念によって日本(だけではないでしょうが)は全世界に存在を認められる国となったことは間違いないところです。なのに、僕は冒頭のリンクのようなニュースに触れるとどうしようもなく怒りに近い気持ちが込み上げてくる。なんでなのでしょうか。いろんな無理が存在しているし表面化していること、その無理に砂かけて埋めるだけで根本的なところに手をかけようとしないこと、これらが見えるからなのでしょうか。
 
売上と利益が向上を続けること、が現在のところ企業業績の一番健全な姿だと考えられています。画期的なイマジネーションとイノベーションも噛み合って他社に先んじている限り、そんなに無理は生じないのでしょうが、そんな会社(特に日本で言えば)ほぼ皆無。
 
結局、他社よりも多く、安く物を「さばく」ことで売上と利益を積み上げるということになる。
究極的に言うと、多く安くを追求する時にイマジネーションとイノベーションは全く必要ありません。
でも、小売店に無理を強いたり従業員に無理を強いたり仕入れ先に無理を強いたり生産者に無理を強いたりアドミン部門に無理を強いて無理な数字を計上せねばならなくなります。
 
この余裕のなさがすごく辛いです。イマジネーションというものは、「思いつき」とは違ってその人が生きてきた人生全部が影響をおよぼすインスピレーションに発するものなので、これが尊重されない世の中では、子供に夢を持たせること、いろんなことを考えさせることが軽んじられるようになるのではないか。そんな風に思えて辛い。
 
 
今、仕事している周りの環境なども結構な雰囲気が漂っておりますが、数字しかない世界ならば生きたいとは思えないのでなんとか踏ん張ってみたいと思います。

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